太古の世界 第Ⅱブログ

目を閉じて……ほら恐竜がいるよ

発見! 恐竜の墓場(1)

【発見! 恐竜の墓場】~プロローグ

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”墓場”に嵌った2頭のグアンロン ©ナショナルジオグラフィック

  およそ1億6千万年前……。

今の中国・ウイグル自治区にあたる地域で、惨劇が発生した。

悲鳴が耳を劈き、目ざとい捕食者を引き寄せる。

犠牲者は瞬く間に引き裂かれたが、しかし捕食者も異変に気が付いた。

だが時すでに遅し……また1頭が犠牲となった。

 

 

 これは単なる絵空事ではない。かつて実際に起きた歴史的事実だ。

ようこそ!太古の世界 第Ⅱブログへ!!

ここはgooブログ絶賛連載中の「太古の世界 〜マニアックな古生物を求めて〜」のサブブログです。とはいえ、サブと言ってもやることは変わりません。今まで通り論文・書籍を元に、マニアックな話を書き連ねていきますので、どうぞお付き合いください。

てなわけ今回は、goo本編の看板シリーズ「今見直す、恐竜ドキュメンタリー」・「発見! 恐竜の墓場」の改訂版を再連載していこう。

 

発見! 恐竜の墓場は、2007年にナショナルジオグラフィックが発売したドキュメンタリーだ。本作では2000年にゴビ砂漠石樹溝層(Shishugou Formation)

で行われた調査と、そこで発見された恐竜たちを取り上げた作品だ。なかでも大々的に、文字通りの主題となったのが、「Dino Death Traps」あるいは「Dino Death Pits

 とも呼ばれる恐竜の墓場である。

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掘り出された”恐竜の墓場”。高さは1~2メートル ©ナショナルジオグラフィック

このあたりは徐興(Xu Xing)&ジェームズ・クラーク(James Clark)氏らが2010年にDINOSAUR DEATH PITS FROM THE JURASSIC OF CHINAと題した論文*1でまとめている。当然この論文に準拠してブログを進めていくので、もし英語力に自信がある方がいたら読んでみるのも良いだろう。

閑話休題

墓場は現在までに3個が発見された*2。どれも複数の動物*3が折り重なるようにして埋葬されており、言うなれば”化石入りバースデーケーキ”である。高さ1~2メートル、直径1.2メートル。ヒトの子供一人がすっぽり入るほどの大きさだ。材質は主に泥岩と火山灰からなる。つまり、かつての墓場はズブズブの泥場だった

中でも標本番号TBB2001TBB2002はよく研究されていて、例えばTBB2002からは5頭・3種類の小型獣脚類が発見されている。うち1頭は未記載・詳細不明なれど残る2種は違う。では墓場の犠牲者筆頭の彼らに登場していただこう。拍手喪服でお出迎えください!!

 

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グアンロンの骨格図。細長い手足と鋭い鉤爪、そして目立つ鶏冠が特徴

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リムサウルスの骨格図。小ぶりな頭骨と極端な長さの手足が特徴

 グアンロンは肉食*4で全長は約3~3.5メートル、 リムサウルスは雑食および植物食*5で全長は約1.5メートル。一口に小型獣脚類と言っても、外見・生態はかなり異なる。それぞれ個別に記事立てするので、ひとまず置いておこう。

また、その他の墓場からは、全長20~30センチの小型ワニ類やカメ、哺乳類の仲間も確認されているらしい。こうした小動物は本来化石に残りにくい*6ため、ここ石樹溝層は生態系の頂点(メトリアカントサウルス類)から足元まで、その大部分をうかがい知れる貴重な場所としても有名となっている。なお小型獣脚類は世界的にも発見数が少ない*7ので重ねて貴重だ。

 しかし何故バリエーション豊かな動物たちが一か所に集い、そして揃えたように折り重なっていたのか?

それに対する一つの回答が、この写真だ。

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沼地に嵌って命を落とした野生馬たち。平たく言えば”恐竜の墓場”も同じようなものである ©CNN

 これは2018年の北米・アリゾナ州で起きた悲劇である。この年アリゾナは深刻な旱魃に襲われた。結果、同地に生息する野生のウマたちが水を求めて彷徨い、弱った末に水の枯れた”ため池”。つまりドロッドロな沼地へウマは入り込んでしまい、やがて衰弱死してしまったのだ。犠牲になったウマは200頭もおり、規模だけなら”恐竜の墓場”より大規模である。

なるほど。水場なら飲み水や食料を求めて多数の動物たちが集まるだろうし、一部が判断を誤って深みに足を取られることもあったはずだ。実際、もう少し後の時代にシノルニトミムスSinornithomimus*8が14頭で泥に嵌り化石化したという類似例*9があり、説得力もある。

ウマの大きさ・力強さは言うに及ばず、それでも沼地からは逃れられなかった。これより小さな恐竜たちが嵌ってしまったのも当然至極。あ、これにて一件落ty(……ウン?なにか忘れていないだろうか。

 ……そうだ。アリゾナの”馬の墓場”とゴビ砂漠の”恐竜の墓場”には明らかな違いが存在する。列挙してみよう。

・墓場のサイズ

(アリゾナの事例は直径20m。ゴビ砂漠の事例は直径1m)

・埋葬された種数

(アリゾナの事例はウマ一種のみ。ゴビ砂漠の事例は複数種)

・埋葬様式

(アリゾナの事例は二次元方向にバラバラ。ゴビ砂漠の事例は三次元的に積み重なる)

 これだけの相違点があれば、すんなり片づけるわけにはいくまい。

加えて恐竜の墓場にはゾッとする話もある

 

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グアンロンの亜成体(IVPP V14532)の骨格図。②の論文より

 身体の一部(主に東部や四肢の末端)が紛失しているならまだしも*10、多くの化石が捻じれ、のけ反り……そして

亜成体のグアンロンに至っては首をサバ折りにされていた…

 …恐竜の化石がグニャグニャに歪んだり、バキバキに粉砕されているのは別段珍しいことではない。むしろ変形・破損を受けていない化石はほとんどない。生物の身体には靭帯*11が存在し、それは死後に収縮して遺骸を歪める。死後の靭帯については、キリン研究者の郡司芽久が解説しているので、ソチラを見てもらいたい

ただし今回だけは事情が異なる

思い出してほしい。この墓場は泥岩(と火山灰の混合物)で形成されていた泥岩とは文字通り泥が岩石となったもので、裏を返せば岩石になる前はズブズブの泥だったのだ。つまり亜成体(IVPP V14532)が死亡した際、周りの地面は柔らかい泥場。つまり

もし亜成体の首が死後に破壊されようものなら、その前に遺骸が泥に沈むはずなのだ。

 こうなれば首は折れない。割り箸を布団に置いて踏みつけても折れないのと同じだ。唯一割り箸がポッキリ折れるパターンは、割りばし自身が加圧に抵抗する時のみ。これがどういう事か……分からぬ読者はいるまい。焦らすのもアレなので言ってしまおう。

グアンロンの亜成体は生前に首をへし折られて殺された可能性が高い!!

さぁーーーて。キナ臭くなってきたw

太古の沼地で起きた惨劇とは、いかなるものだったのか……?

ゆっくり紐解いていくことにしよう。

 

 「発見! 恐竜の墓場(2)」へ続く。

 

 

【参考文献】

 ※資料集もチェック!チェック!!

【論文】

「DINOSAUR DEATH PITS FROM THE JURASSIC OF CHINA」David Eberth, Xu Xing, James Clark (2010)…恐竜の墓場の論文

「A basal tyrannosauroid dinosaur from the Late
Jurassic of China」Xu Xing, James Clark (2006)…グアンロンの記載論文

「A new ornithomimid dinosaur with gregarious habits from
the Late Cretaceous of China」Yoshitsugu Kobayashi, Jun-Chang Lü (2003)…シノルニトミムスの大量死

 

【書籍】

・「ホルツ博士の最新恐竜事典」トーマス・ホルツ(著) 2010年
・「恐竜の教科書」ダレン・ナイシュ(著) 2019年
・「恐竜学入門 ―かたち・生態・絶滅」デヴィッド・ワイシャンペル(著) 2015年
・「愛しのブロントサウルス」ブライアン・スウィーテク(著) 2015年
・「恐竜探偵 足跡を追う」アンソニー・J・マーティン(著) 2017年

【Web】

・「Uncovering the Mysteries of China’s Dinosaur Death Pits」(ROYAL TYRRELL MUSEUM OF PALAEONTOLOGY,2021)

「巨大恐竜の足跡が“死の落とし穴”に?」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「恐竜の墓場:獣脚竜グアンロン」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「恐竜の墓場:草食獣脚竜リムサウルス」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「進化の謎を解く 恐竜の墓場・特集」(日経ナショナルジオグラフィック,2008)

「進化の謎を解く 恐竜の墓場・フォトギャラリー」(日経ナショナルジオグラフィック,2008)

「野生の馬が沼にはまって大量死 米アリゾナの先住民居留地」(CNN,2018)

【注釈】

*1:①の論文より

*2:標本番号TBB2001.TBB2002.TBB2005

*3:全長は3m~数十センチまで様々

*4:MH好きには”ランポス”といえば伝わるw

*5:尻尾の生えたニワトリのような生物だった

*6:個体数は多いものの、骨が脆く消失しやすいから

*7:小型鳥盤類のほうがまだしも多い……がこれは白亜紀で逆転したと思われる

*8:全長2mの小型獣脚類。俗に”ダチョウ恐竜”と呼ばれる種類

*9:③の論文

*10:こうした突出部は風雨や死肉食動物に攫われやすい

*11:言うなれば補強ケーブルである