太古の世界 第Ⅱブログ

目を閉じて……ほら恐竜がいるよ

発見! 恐竜の墓場(4)

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発見! 恐竜の墓場 ~泥まみれの走り屋

 

 スッタッタッタッタ、ズザッ!! ガサガサ……スッ。…ザッザッザッザ……

走って、跳ねて!! エサを探して……首をもたげる。…そして走り去る……

常にせわしなく、安定とは程遠い生物。それが今回(4)の主役。

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リムサウルスの復元画。羽毛が生えていたかは定かでない

©ナショナルジオグラフィック

 リムサウルス(Limusaurus inextricabilis)!!

 ドンドンパフパフ!ピーヒャラパー!!(オーケストラを脳内再生)

 

さて。気を取り直して、(4)を初めていきたい。今回は前回予告したように、リムサウルスに降りかかった”ドジっ子説”を払拭していこう。ただし判決は各々に任せる。これを読んで、まだドジっ子だと思ったら、それはそれで構わないw

では、まず先に筆者がリムサウルスを一言で表しておく。

「リムサウルスは元祖”ダチョウ恐竜”だ!!」

ja.wikipedia.org

(”ダチョウ恐竜”ことオルニトミモサウルス類OrnithomimosauriaのWikipedia


”ダチョウ恐竜”とは、ジュラシック・シリーズ常連のガリミムスに、各種メディアに引っ張りだこのオルニトミムスなど、現生の走鳥類*1に似た俊足の獣脚類を総称した名前だ。もっぱら雑食~植物食で、顎に鋭い歯はなかった。全身が羽毛に覆われ、そこから突き出た脚はスラリと長い。  当然ながら走る速さはかなりのもので、時速60キロメートルを超えたとする話もある*2

 そんな”恐竜界のウサイン・ボルトといえるダチョウ恐竜だが、よく思い出してほしい。先ほど筆者はリムサウルスを”「元祖」ダチョウ恐竜”と呼んだ。つまり……

  • 最古級のオルニトミモサウルス類(ペレカニミムス) → 白亜紀前期
  • リムサウルス → ジュラ紀中期~後期

 この通りリムサウルスのほうが登場年代が早い。というかダチョウなんて新生代からの新参ペーペーなんだから、全員まとめて”リムサウルス型恐竜”にしちまえ(THE暴論)

…気を取り直して。一応このシリーズは「今見直す、恐竜ドキュメンタリー」と題しているので、作中のリムサウルスについても触れていこう。

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ドキュメンタリー本編で登場したリムサウルス

作中では”ラプトル類”として紹介された

©ナショナルジオグラフィック

とはいえ作中「リムサウルス」と呼ばれることはない。なぜなら本種の命名・記載は2009年。制作当時はまだ無名だったのだから。 しかし、それを差し引てもあまり出来の良いCGではない。リムサウルスの特徴的なクチバシこそあれ、前腕は長すぎるし体型全体もマッシブ過ぎる。しかも作中「ラプトル類」と呼称されていたが、これも誤りである。おおかた「小型の獣脚類」をそう言い換えたのだろう。だが両者の分類は全く違う。

 こうまで間違い続きだと萎えてきた……ヨッシ! 本題へ戻ろう!!

 

リムサウルスのい・ろ・は

学名)リムサウルス(Limusaurus inextricabilis)

全長)約1.5~2メートル?*3

分類)獣脚亜目Theropoda>ケラトサウルス類Ceratosauria*4

食性)幼年期は雑食成体は植物食*5

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食事中のリムサウルスたち

成体は植物を、幼体は小動物(トカゲ)を食べている

©SCI-NEWS

(1)で解説をすっ飛ばした分、今回はきっちり解説していこうか(・∀・)

分類)

石樹溝層(Shishugou Formation)で発見された小型獣脚類の多くと異なり*6、リムサウルスはもっと原始的・基盤的なケラトサウルスの仲間だ。かつてケラトサウルス類はカルノタウルスなどのゴツゴツした捕食者のみ在籍していた。しかし新種の発見とデルタドロメウスの再研究などを経て、現在ではコエルロサウルス類にさえ匹敵しえる、圧倒的な多様化に成功したグループだったことが明らかにされている。そのあたりも別の機会に記事立てしよう……

 分類はそこまで!! ただ一つ覚えておいてほしいのは、石樹溝層から発見された

小型獣脚類でケラトサウルス類に属すのは本種のみという点だ。

食性)

 あっさり「雑食→植物食」と書いたが、これは凄いことだ。現生動物はもちろん絶滅動物まで含めても、こうまで食性をガラリと変える動物は数えるほどしかいない。食性の魔改造を可能としたのが、成長期のリムサウルスの身体に起こる変化。カギとなるのは頭部と腹部だ。

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リムサウルスの幼体と亜成体の比較

主に口先と腹部が変化している

②Shuo Wang, Josef Stiegler(2017)

 しかし、そもそも絶滅した生物の食性の変化など、どうして分かったのか? 誰かが過去へ飛んで食卓を覗いたのか。いーや思い出してほしい。リムサウルスは”恐竜の墓場”(Dino death trap)から豊富に産出した。当の本人たちは無念でも、後世の私たちには宝の山だ。(1)でも触れたように小型恐竜の骨は消失しやすく、まとまった個体数を収集するなど夢のまた夢。だからこそ19頭*7もの情報源は貴重なのだが、これが奇跡を起こした。百聞一見、また論文を見てもらおう。

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リムサウルスの顎の変化

歯が消失し、下顎の先が下方へ湾曲するようになる

②Shuo Wang, Josef Stiegler(2017)

「Extreme Ontogenetic Changes in a CeratosaurianTheropo」(Shuo Wang, Josef Stiegler)

2017年に出たこの論文は、豊富な標本を元にリムサウルスの成長過程を研究した。この図を作るのに滅茶苦茶疲れた (2時間の力作) ので、隅々まで味わってほしい。が、素直に要旨を順に箇条書きしよう。

  1. 幼体(推定年齢1歳)には鋭い歯が生えている
  2. 亜成体(推定年齢2~6歳未満)になると上顎骨(maxilla)の歯が退化する*8
  3. 成体(推定年齢6歳以上)最終的には全ての歯が無くなる

傍から見ると老衰で歯が抜けたように見える。ではリムサウルスの大人は、シダの葉をムギュムギュしゃぶっていた……訳はあるまい!! 

歯の代わりに口先にはクチバシが発達したのだ。角質のクチバシは一生伸び続けるため、硬い植物を食べるには好都合である。現在でも同様に伸び続ける歯*9を持つ齧歯類(ネズミやモルモットetc)は、硬いイネ科植物を餌として繁栄していることが、その証明と言えよう。

 

 腹部の変化*10も確認しなければ。

幼体(juvenail)と亜成体(subadult)の全身比較図でも示したが、まず恥骨の先がブーツ状に拡大する。この突起は休息時に”座椅子”の役を果たしたとも考えられるが、もっと重要なのが内臓の拡大。前提として…

植物食動物は肉食動物よりも腸*11が長い

 硬く消化しにくい植物細胞から栄養を引き出すには、相対的に長い時間をかけて消化・吸収を行う必要があった。それでも往々にして装備は不十分で、ある者はワイン樽の如き腹を獲得し、ある者はムキムキの顎でエサを念入りに噛み砕いた。バクテリアに協力を仰いだ者もいる。ではリムサウルスは……如何に???

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リムサウルスの腹部から発見された胃石

①Xu Xing, James Clark (2009)

 選ばれたのは、胃石(gastroliths)でした

( ^^) _旦アヤタカーのノリでwww

 ……ごめんなさい。反省してます。

にしても胃石(ガストロリス)は最適だった。肥大化した顎も胴体も、ともに走行時には邪魔だ。体の先端に顎のような重量物があっては、素早く方向転換ができない*12。デブった腹は後ろ足の可動域を大きく妨げる。こんな調子では命がいくつあっても足りなかっただろう。

身体が小さく、目立った武器も鎧もないリムサウルスにとって、逃げ足の速さは生命線。

植物を食べる以上、一定量は消化管が肥大化してしまう。これ以上ランニングに支障をきたす事はできないし、したら絶滅まっしぐら…。

それに引き換え胃石は身体の中央に位置するため、急カーブを走っても安定する。別に重量全体では変わらずとも、同じ性能の顎を進化させるより合理的だ。緊急時にはエサ諸共全部をゲロってしまうのもアリw  こうすれば究極完全体で逃げられる。 腸の長さもある程度は削減できた。胃袋*13の中で揉みくちゃにされた植物はドロッドロの粥となる。証拠こそないが同時にバクテリアの援軍も参戦したかもしれない。かくして消化を進めてしまえば、後を受け持つ腸の負担は減った。本来なら更に長い腸も、これで気持ちばかり短くできる。

※…っとここまでは良かったのだが、近年になって肉食の獣脚類*14からも胃石が報告・再認識されだしている。なので「胃石を持つ=植物食」という古典的な考え方は修正を強いられている……この事実も書かねば、読者に笑われよう(;^ω^)

 

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石樹溝層産の恐竜の同位体を解析した結果

彼らの食性(diet・fooding・prey)を示している

②Shuo Wang, Josef Stiegler(2017)

このように、リムサウルスは様々な面から見て異質・特異的だった。その特徴は多くの捕食性小型獣脚類が駆け回る世界で大きなアドバンテージとなり、彼らを繁栄へと導く……。そもそもリムサウルスとて最初から植物食を望んでいたわけがあるまい。栄養価・消化のしやすさ、どちらも肉のほうが優れている。元来獣脚類の系譜が肉食だったことを鑑みても、小型 × 2足歩行 × 肉食(小動物ハンター)は鉄板の組み合わせだった。そこから最重要の食性を180度逆転させることが、どれだけ大変だったことか。*15

でも苦労に見合う報酬はあった。

天敵たるグアンロンの実に10倍の個体数が存在していたのだから。*16

 

 だからリムサウルスは単なるドジっ子ではない。スゲー(敬意)ドジっ子だったのだ!!

 ということで(いつものw)(4)ことリムサウルス特集はここまd(………ん?  何か忘れているような。そうだそうだ、当時のジュンガル盆地の多様な小型獣脚類が食べ分け・棲み分けを行っていた」、という論文を提示しなければ。そうと決まればホイッとな!

「A juvenile specimen of a new coelurosaur (Dinosauria: Theropoda) from the Middle–Late Jurassic Shishugou Formation of Xinjiang, People’s Republic of China」

ジョナン・チョニエル(Jonah N. Choiniere),とジェームズ・クラーク(James M. Clark)らが2013年に書いた論文だ。ジュンガル盆地から新しく報告された小型獣脚類アオルン(Aorun)の説明をした折、P28【Discussion】*17の項目にそれを書いている。なるほど分かった合点承知の助。

しかし新たな疑問も生まれた

「なぜ恵まれた環境*18にもかかわらず、リムサウルスは植物食に進化したのか?」

結果的に活路を見いだせたが良かったものを、おのれ誰が肉食のニッチを抱えてたんじゃァァァァァ(#゜ω゜)ツラミセイ…

以下、先の論文の【Discussion】の項目を一部引用する。

…herbivorous) ceratosaur Limusaurus (Xu et al.
2009a) to the hypercarnivorous basal tyrannosauroid Guanlong (Xu et al. 2006).

翻訳してみたのがコレ↓。

「おそらく植物食)のリムサウルスから、強肉食性*19のグアンロン

そうだ。標本番号TBB2002・”恐竜の墓場”でリムサウルスたちの上にふんぞり返っていた、あの”ランポスモドキ”である…

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木陰から飛び出したグアンロン。果たして何者なのか…

©ナショナルジオグラフィック (本編映像より)

次回(5)は、筆者が世界一好きな恐竜を解説したい。

それでは御機嫌よう。

 

【発見! 恐竜の墓場 (5)】へ続く!

 

 

【参考文献】

 

【論文】

 

「A Jurassic ceratosaur from China helps
clarify avian digital homologies」Xu Xing, James Clark (2009)…リムサウルスの記載論文

②「Extreme Ontogenetic Changes in a CeratosaurianTheropo」Shuo Wang, Josef Stiegler(2017)…リムサウルスの成長(と食性)

「Foregut Fermentation in the Hoatzin, a Neotropical Leaf-Eating Bird」Alejandro Grajal,STUART D. STRAHL(1989)…ツメバケイ(現生の植物食性鳥類)の消化システム

「DINOSAUR DEATH PITS FROM THE JURASSIC OF CHINA」David Eberth, Xu Xing, James Clark (2010)…恐竜の墓場の論文

「A juvenile specimen of a new coelurosaur (Dinosauria: Theropoda) from the
Middle–Late Jurassic Shishugou Formation of Xinjiang, People’s Republic
of China」Jonah N. Choiniere, James M. Clark(2013)…アオルンAorunの記載論文

 

【Web】

・「Limusaurus: Beaked, Bird-Like Dinosaur Species Had Teeth as Juveniles, Lost Them as They Grew」(SCI-NEWS,2021)…リムサウルスがクチバシを獲得するまで

・「Uncovering the Mysteries of China’s Dinosaur Death Pits」(ROYAL TYRRELL MUSEUM OF PALAEONTOLOGY,2021)…ロイヤル・ティレル博物館の”恐竜の墓場”の解説ページ

「巨大恐竜の足跡が“死の落とし穴”に?」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「恐竜の墓場:獣脚竜グアンロン」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「恐竜の墓場:草食獣脚竜リムサウルス」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「進化の謎を解く 恐竜の墓場・特集」(日経ナショナルジオグラフィック,2008)

「進化の謎を解く 恐竜の墓場・フォトギャラリー」(日経ナショナルジオグラフィック,2008)

・「Upper Shishugou crocodyliform」(英語版Wikipedia,2020)…リムサウルスのホロタイプの脇に横たわっていた詳細不明のワニ類

 

 

【書籍】

・「肉食恐竜事典」グレゴリー・ポール(著) 2010

・「ホルツ博士の最新恐竜事典」トーマス・ホルツ(著) 2010年

・「恐竜の教科書」ダレン・ナイシュ(著) 2019年

・「恐竜学入門 ―かたち・生態・絶滅」デヴィッド・ワイシャンペル(著) 2015年

・「愛しのブロントサウルス」ブライアン・スウィーテク(著) 2015年

・「恐竜探偵 足跡を追う」アンソニー・J・マーティン(著) 2017年

 

【注釈】

*1:地上性のダチョウやエミューetc

*2:しかし、こうした話はハッキリせず危ういものなので、またの機会に【恐竜運動会】とでも題して記事にするw

*3:完全に成熟した個体は未発見のため推定値しかない

*4:正確にはエラフロサウルスに近縁

*5:背丈の低いシダ類etcを好んでいただろう

*6:それら5~6種は全てコエルロサウルス類

*7:②Shuo Wang, Josef Stiegler(2017)のアブストラクトより

*8:論文中では、成長段階をより細かく分けて説明している。 成長の第1期に42本の歯をもち、第2期では36本。第4&5期では歯を喪失するという

*9:無根歯

*10:一部は怪しいが

*11:小腸・大腸を問わず、胃袋も大きい

*12:実感が湧かなければ、2Lペットボトルを持ったまま走ってほしい。色々ポーズを変えて走ると良い

*13:いわゆる砂嚢・砂肝

*14:ロウリンハノサウルスやポエキロプレウロンPoekilopleuron。それと非公式ながらタルボサウルスから。この辺は「恐竜探偵 足跡を追う」が詳しい

*15:急成長したい幼体が肉食・雑食なのも、ある種当然だ

*16:リムサウルスの発見数は19頭、引き換えグアンロンは僅か2頭。化石化のバイアスや生態ピラミッドを考えると鵜呑みにはできないが、まぁ一つの指標として

*17:訳せば【議論】

*18:(2)での解説を参照されたし

*19:あるいは超肉