太古の世界 第Ⅱブログ

目を閉じて……ほら恐竜がいるよ

発見! 恐竜の墓場(5)

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【発見! 恐竜の墓場】~電光石火グアンロン

 

 それは暑さも幾ばくか和らいだ夕暮れ。こんな時間帯でも水辺は賑やかだった。山のように巨大な竜脚類から、豆粒よりも小さい昆虫まで。どんな者も生きるためには水が必要だからだ。 故に、水辺は古今東西から社交場の代わりを果たしてきたが、もっと重要な役割を果たす時もある……

 始まりは突然に!! 

舞い上がる砂煙。耳を劈く叫び。やがて騒ぎが収まった頃、孤高のハンターは誇らしげに獲物を咥えていた……

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今回の主役グアンロン。足元のユアンノテリウムは格好の獲物だ

復元画を描いてくださったのはチャンネルD氏、 監修は筆者。

捕食者の名は、グアンロンGuanlong wuaii


…誇り高き”暴君”が始祖、筆者オススメ度No.1の優美な恐竜だ(要★出★典)

前回(4)のリムサウルス特集に続き、今回(5)はグアンロン特集となる。この”ランポスモドキ”はどのような恐竜で、群雄割拠の石樹溝層でなぜ捕食者としてのニッチを確立できたのか? その謎に迫っていこう!!

 

グアンロンのい・ろ・は

学名)グアンロンGuanlong wucaii

全長)約3~3.5メートル*1

分類)獣脚亜目Theropoda>ティラノサウルス上科>プロケラトサウルス科

食性)完全な肉食*2

 

分類)

 グアンロンは最古級のティラノサウルス上科だティラノサウルスと言えば説明不要な古生物のスター。 あの恐るべき顎にかかれば、例え装甲車でも助かるかどうか……。体重6トンと獣脚類でもダントツに重く、長さばかり追い求めたスピノサウルスとはわけが違う。そんな”絶対君主”の祖先が、よもや体重100kgのライト級だなんて誰が想像しただろうか? いや、言い方が悪かった。元を問えばグアンロンのほうが”本家”であり、ティラノサウルスなどのヘビー級たちのほうが”分家”なのだ。また別の機会に深く取り上げるが、元々ティラノサウルス上科はスレンダーな小型~中型捕食者として名をはせた一族だった。しかし白亜紀中期頃から唐突に巨大化し、末期にヤツを生み出すまでに至る。そんなグループの先駆けにして尖兵……それがグアンロンだった。

 

食性)

超肉食恐竜(Hypercarnivore)

ここ5年くらい前だろうか? ティラノサウルスヴェロキラプトルの仲間を指し、こうした称号が贈呈されたのは。他の追随を許さない圧倒的な攻撃力。恐竜界トップレベルの鋭敏な感覚器。そして発達した脳……耳心地が良いのも相まって、盛んにメディアで担ぎ上げられた。

だが厳密には哺乳類にのみ適用される称号だそうなので、あまり乱用すべきではないのかもしれない。しかも超肉食”基準は、エサの70パーセントが肉であれば良い。だから初期のヘレラサウルスから我らが英雄ティラノサウルスまで、もっぱら肉食恐竜と呼ばれる者は、須らく”超肉食恐竜”なのだ

閑話休題

……エグいこと脱線したなw

ぶっちゃけてしまえば、グアンロンの捕食活動を直接示す証拠。例えば歯型なり糞化石なりは未発見だ。”恐竜の墓場”・TBB2002がそれを示唆していると言えばそうなのだが、どうにも釈然としない。そこで筆者は(5)を執筆するにあたり

グアンロンは1日にどれくらいの食料を必要としたのか?」

ここから探ってみた。その手法の一つが下の図表だ。

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各種獣脚類が必要とした餌の量を、体重・体高・移動能力etcから導いたもの。

(仮想種)の欄は属名が指定されていなかったため、筆者が体重から当てはめた

③Adam Kane, Kevin Healy (2016)

これは2016年にアダム・ケイン(Adam Kane),とケビン・ヒーリー(Kevin Healy)が出した

「Body Size as a Driver of Scavenging in Theropod Dinosaurs」

 という論文に載っていた。本研究では、どのような獣脚類がスカベンジャー*3だったかを推測していた。その一環に、獣脚類が1日に使用するエネルギーを算出したのだ。算出材料には「体重」・「体高」・「移動能力」の3つが使われている。

プロットの段階では2016年の論文一つで進めていたのだが、資料を読み直していたら「肉食恐竜事典」P333にも異なる手法が載っていたため、もう一つ…

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「肉食恐竜事典」内の計算式と、それにグアンロンのデータを当てはめた結果

「肉食恐竜事典」グレゴリー・ポール(著)1993年より

 総合的に考えるとグアンロンは一日に3kgの肉塊が必要だった。

(;´・ω・)「4000kcalだとか、3kgの肉塊だとか聞いても実感が湧かないよ……」

って読者は必ずいるはずだ。そこでカツ丼の出番!! カツ丼(並)は一杯で950kcalだそうだ。"痩せの大食い"だとか言って笑えないレベルであるw

そしてグアンロンの身体に装填された武装は、課せられたノルマをこなすに十分だった。てなわけで、次はグアンロンの身体的特徴を見ていこう。

四肢

2016年に(Changyu Yun)が初期ティラノサウルス類を総括した論文*4をだした。以下は、そこのグアンロンの項の引用である。

As this taxon had long forelimbs with a large manus
and a small skull with small teeth, it is likely that its fore limbs played an important role in hunting unlike the more
derived tyrannosauroids, as their forelimbs are very short ened.

翻訳・要約してみよう

「この種(グアンロン)は、長い前肢と大きな手足、そして小さな歯の生えた小ぶりな頭骨を持っていたため、より派生したティラノサウルス科とは異なり、前肢が狩猟において重要な役割を果たしていたと考えられている。」

現在のティラノサウルス研究の第一人者、スティーブ・ブルサッテが自著*5でも述べたように、まさにグアンロンの前肢は”必殺の武器”だった。単体では伝えづらいので、新旧の獣脚類と併せて確認しよう。

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獣脚類の前肢の比較。グアンロンとデイノニクスの手はよく似ている

ディロフォサウルスが初期型、ディノニクスが次世代型である。

⑤Xu Xing, James Clark (2009)

 グアンロンの前肢(manus)は長い。自分の頭骨長(35cm)にほぼ等しい。鉤爪(末節骨)も大きく、鋭く、強く湾曲していた。断面こそ切断には適していない*6が、しかし逃げようと藻掻く獲物を鉤爪で突き刺して捕え、あとはガブリッ!! →相手は死ぬ!!

さらに手首も柔軟だった。手根骨*7は丸みを帯びた半・半月状。これなら可動性が大きく、掴んだ獲物が暴れても手首を痛めることはない。その点、子孫筋のティラノサウルス科は手根骨が平たい皿状だ。つまり進化の過程で明確に前肢を使わなくなっている

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グアンロンの成体と亜成体の頭骨の比較。

成長の過程で鼻面の鶏冠が大きく張り出す

①Xu Xing, James Clark (2006)

頭骨だって負けてはいない。しかも後のティラノサウルスと瓜二つの特徴があった。

まず「これさえ見つかればティラノサウルス類確定!」な特徴は二つある。

  • 腸骨*8の側面に溝があること
  • 前歯*9の断面がDの形をしていること

今回の肝は後者。D字型の前歯は、食事中に骨から肉を上手いこと引き剝がし、攻撃時には相手から大きな肉の塊を食い千切った。その他の獣脚類(ケラトサウルスやアロサウルス)が小刻みに肉を切り刻んだのとは対照的である。後続の歯列は一般的な獣脚類にあるのと同じで、中でもドロマエオサウルス類のそれに近い。そこで筆者はドロマエオサウルス類の摂食方法を。具体的には歯と顎の使い方を調べた。

 

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獲物を食い千切ろうとするサウロルニトレステス(上は歯のみ、下は頭全体)

グアンロンも同様の方法で肉を嚙み切った可能性が高い

⑥AngelicaTorices, Ryan Wilkinson (2018)

 そうして行き着いたのが、2018年にアンジェリカ(Angelica Torices)とライアン・ウィルキンソン (Ryan Wilkinson)が出したこれだった。

「Puncture-and-Pull Biomechanics in the Teeth of Predatory Coelurosaurian Dinosaurs」

ここでは白亜紀後期の北米に生きた肉食性コエルロサウルス類が研究対象である。

記載論文*10でも何度か触れられていたのだが、グアンロンの頭部にはどこかドロマエオサウルス類を思わせる特徴が多い。歯列の高さに波がなく、鼻面は頑丈で、ナイフ状の歯は細かなセレーション付き。おそらく小型コエルロサウルス類が肉食へ進化すると、こうした適応が起こりやすいのだろう。ある種の収斂進化と言えるかもしれない。

 

…かくしてグアンロンはジュラ紀ジュンガル盆地に名乗りを上げた。周囲の獲物たちにとって、あのトレードマークたる鶏冠は”死の象徴”に見えたに違いない。

 ただ、勘違いしてはいけない。

当時のティラノサウルス上科は決して頂点捕食者ではなかった!!

爪と歯は鋭く、足も速かったものの、如何せん体格がヒョロいw  ジュラ紀の王者”カルノサウルス類”*11や各種大型植物食恐竜に挑んだとしても、文字通り一蹴されてしまったに違いない。

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無謀にも大型恐竜へ特攻をかけるグアンロン。素直に言って勝ち目はない

「完全解剖ティラノサウルス 最強恐竜進化の謎」より ©NHK

ドロマエオサウルス類のシックルクロー(sickle claw)にあたる秘密兵器もなく、その鉤爪が掻っ攫えたのは、どう贔屓目に見ても自分と同程度の相手までだった。先に使用した2016年の論文でも「初期のティラノサウルス類は小動物を主食にしていた」とバッチリ書いてある。*12
しかし嘆く必要はない。全くない。むしろ喜ぶべきだ。

覚えているだろうか? (3)にて筆者は記事一本丸々を犠牲者名簿へ割いた。あそこにはネズミ大の哺乳類から、やや大きなワニ類。果ては1メートルを超えるリムサウルスまで、実に豊富な小動物が記録されていた。その彼らがいるではないか!! 改めてリストアップしてみよう。しかも今回は、墓場以外から発見された者も込みで。

石樹溝層(Shishugou Formation)の小動物一覧

  • 小型獣脚類(全長1~3.5m)…最低でも7~8種を確認
  • 小型鳥盤類(全長1~2m)…最低でも2種を確認
  • 翼竜(全長1m?)…最低でも2種を確認
  • ワニ類(全長30cm~1m)…最低でも3種を確認
  • カメ類(全長1~3.5m)……1種を発見済
  • 非哺乳類型・獣弓類…ユアンノテリウム(全長50cm~1m)
  • 哺乳類(全長・不明)…おそらく2~3種が発見か?

不確実だから挙げはしなかったが、ここへ大型恐竜の卵と幼体が加わる。ダメ押しに周りの水辺からは両生類やサカナが確実に獲れたはずだ。しつこいようだが小動物は化石に残りにくい。つまるところ、グアンロンは餌に不自由しなかっただろう

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ドキュメンタリー本編で登場したユアンノテリウム

作中では”哺乳類に似た小型の爬虫類”として紹介され、グアンロンの獲物候補だった

©ナショナルジオグラフィック

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大好物のインロンをねじ伏せたグアンロン

両者の系譜のライバル関係は、およそ9000万年も続いた

「発見! 恐竜の墓場」より ©ナショナルジオグラフィック

 では冒頭に推測されたノルマを思い出してみよう。すると次のような予測が立つ。

  • 貴方がグアンロンだったとして、マメな性格なら1日に1回ユアンノテリウム*13を丸のみしたら良かった
  • 一方、多少ものぐさな性格なら、3~4日に1回インロン*14を仕留めれば良かった
  • あるいは、これら2つの間を取り、2日に1回リムサウルスの幼体*15を狙うのも良かろう。

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小型角竜を貪り食うグアンロン

仮にインロン一匹を丸ごと仕留めれば、数日は餌に事欠かなかった

復元画を描いてくださったのは@Harutrex氏

 

(-Д-)あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”(!?)

ツカレタ……ヒッシャハ、ツカレモウシタ。

うん、これを書いている時刻を教えて差し上げようか? なんと深夜1時だ……筆のノるとき、ノらぬとき、こうムラっけがあると作成時間が伸びてしょうがない。申し訳ないが洒落の効く〆ができそうにもないので、今回(5)はここまでとしよう。

次回(6)は未定だ。グアンロンやリムサウルス以外の共産生物を紹介するかもしれないし、そうではないかもしれない。もう意識混濁、ボーーーっとしてきたので、おしまい!!じゃあの~

 

「発見! 恐竜の墓場(6)」へ続く。

 

 

【参考文献】 

 

【論文】

「A basal tyrannosauroid dinosaur from the Late Jurassic of China」Xu Xing, James Clark (2006)…グアンロンの記載論文

「DINOSAUR DEATH PITS FROM THE JURASSIC OF CHINA」David Eberth, Xu Xing, James Clark (2010)…恐竜の墓場の論文

「Body Size as a Driver of Scavenging in Theropod Dinosaurs」Adam Kane, Kevin Healy (2016)…体のサイズから推測する獣脚類の食生活

「News and Reviews – A review of the basal tyrannosauroids (Saurischia: Theropoda) of the Jurassic Period」Changyu Yun(2016)…ジュラ紀の基盤的なティラノサウルス上科まとめ

「A Jurassic ceratosaur from China helps
clarify avian digital homologies」Xu Xing, James Clark (2009)…リムサウルスの記載論文

⑥「Puncture-and-Pull Biomechanics in the Teeth of Predatory Coelurosaurian Dinosaurs」Angelica Torices, Ryan Wilkinson(2018)…白亜紀後期のコエルロサウルス類の摂食スタイル

 

【Web】

・「A Jurassic tyrant is crowned」Thomas R. Holtz Jr (2006)…グアンロンの解説記事

・「Uncovering the Mysteries of China’s Dinosaur Death Pits」(ROYAL TYRRELL MUSEUM OF PALAEONTOLOGY,2021)…ロイヤル・ティレル博物館の”恐竜の墓場”の解説ページ

「巨大恐竜の足跡が“死の落とし穴”に?」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「恐竜の墓場:獣脚竜グアンロン」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「恐竜の墓場:草食獣脚竜リムサウルス」(日経ナショナルジオグラフィック,2010)

「進化の謎を解く 恐竜の墓場・特集」(日経ナショナルジオグラフィック,2008)

「進化の謎を解く 恐竜の墓場・フォトギャラリー」(日経ナショナルジオグラフィック,2008)

・「Upper Shishugou crocodyliform」(英語版Wikipedia,2020)…リムサウルスのホロタイプの脇に横たわっていた詳細不明のワニ類

 

【書籍】

・「肉食恐竜事典」グレゴリー・ポール(著) 2010

・「ホルツ博士の最新恐竜事典」トーマス・ホルツ(著) 2010年

・「恐竜の教科書」ダレン・ナイシュ(著) 2019年

・「恐竜の世界史」スティーブ・ブルサッテ(著) 2019年

・「恐竜学入門 ―かたち・生態・絶滅」デヴィッド・ワイシャンペル(著) 2015年

・「愛しのブロントサウルス」ブライアン・スウィーテク(著) 2015年

・「恐竜探偵 足跡を追う」アンソニー・J・マーティン(著) 2017年

 

【注釈】

 

*1:尾椎の先が不完全のため、推定値がバラつく

*2:場合によっては”強肉食”ないし”超肉食”とも言われる

*3:死体を主な糧とする生物。現生ではシデムシ・ハゲワシ・シマハイエナetcが代表だ

*4:「News and Reviews – A review of the basal tyrannosauroids (Saurischia: Theropoda) of the Jurassic Period」

*5:「恐竜の教世界史」P158

*6:一部の獣脚類は切断用のシックルクローsickle clawを備えていた

*7:下腕と手指を繋ぐ骨

*8:ilium

*9:前上顎骨歯・premaxilla-teeth

*10:①Xu Xing, James Clark (2006)

*11:かつて大型の肉食恐竜をごった煮にしていた分類群。現在では統括範囲が縮小されているが、使い勝手が良いので””付きで使用した

*12:④Changyu Yun(2016)より。本文では【Coeluridae-Comment】P160に記述されていた

*13:推定体重5kg

*14:推定体重12kg

*15:推定体重7kg